もしドラを読んで「真摯さ」について考えた

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今週のお題「プレゼントしたい本」




280万部のベストセラーとなったもしドラ。日本で定期的に本を買って読む人、つまり読書人口は約100万人ほどと言われているので280万という数字がいかに凄まじいものであるかよくわかる。

昔からベストセラー本にはろくな本がないと言われている。作品がベストセラーになるためには普段あまり本を読まない人も本を買わなければならない。つまり普段あまり本を読まない人が選ぶ本だから、普段から本をよく読む人にとっては物足りない本が多いというわけだ。
でも、ベストセラーはただベストセラーになったわけではない。そこには大勢の人の心をつかんだ「何か」があるはずだ。人々がいったい何を求めているのか。ヒットする作品にはヒットするだけの理由がある。その「何か」を知るという意味でベストセラー本を読むことは決して無駄ではないはずだ。

高校野球の女子マネジャーが勘違いからドラッカーのマネジメントを読んでそれを部活動に活かすという発想はありそうでなかった。ちょっと上手くいきすぎている感じがしなくもないけれど、ドラッカーのマネジメントは企業のみに関わらずあらゆる組織に通ずる普遍的なものなのだと感じさせられる。

マネジメントに関する本や、高校野球を題材とした物語は、本書以外にもいくらでもあり、それだけを見れば既存のものでしかない。だが、それらを組み合わせることで顧客が必要としている価値、市場を創造した。つまりドラッカーの説いている「顧客の創造」をこの本そのものがベストセラーになったことで体現しているのである。





本書で一番印象に残ったのは、やはり主人公がマネジメントを読んでマネジャーの資質について自分自身に問う場面である。

人を管理する能力、議長役や面接の能力を学ぶことはできる。人材開発に有効な方策を講ずることもできる。だがそれだけでは十分ではない。根本的な資質が必要である。真摯さである。何が正しいかだけを考え、誰が正しいかを考えない。真摯さよりも知的な能力を評価したりはしない。このような資質を欠く者は、いかに愛想がよく、助けになり、人づきあいがよかろうと、またいかに有能であって聡明だろうと危険である。マネジャーにできなければならないことは、そのほとんどが教わらなくとも学ぶことができる。しかし、学ぶことのできない資質、始めから身につけていなければならない資質が、一つだけある。才能ではない。真摯さである。



真摯さを絶対視して、初めてまともな組織といえる。それはまず、人事に関わる決定において象徴的に表れる。真摯さは、とってつけるわけにはいかない。すでに身につけてなければならない。ごまかしがきかない。ともに働く者、特に部下に対しては、真摯であるかどうかはニ、三週間でわかる。無知や無能、態度の悪さや頼りなには、寛大たりうる。だが、真摯さの欠如は許さない。決して許さない。彼らはそのような者をマネジャーに選ぶことを許さない。
(本文より引用)


とある。


ドラッカーはマネジャーに必要不可欠な資質は「真摯さ」であると述べている。

真摯さとはいったいなんだろうか。辞書で調べると「まじめで熱心なこと。また、そのさま。」とある。間違ってはいないのだろうが、どこか抽象的でもの足りなさを感じる。

おそらくここでいう「真摯さ」というのは、「成果や結果を出すために何が正しいかだけを考え、誰が正しいかを考えない」という一貫した姿勢なのではないかと思う。

どれだけ、愛想がよく、人づきあいがよく人から好かれていても、必要な成果や結果を出すことができなければ、組織を潰してしまう。組織が駄目になってしまえば、やはりそのマネジャーからは人は離れていってしまうだろう。そうなるとマネジャーを続けることはできない。

冒頭部分では、主人公、川島みなみの「野球部を甲子園に連れていく」という明確な目標が書かれている。甲子園に行きたいという夢や願望ではなく、「連れていく」という明確な目標として彼女は野球部のマネージャーになるのだ。
だが、みなみは過去の経験から野球を憎んでいた。それでも野球部のマネージャーになったのは親友の夕紀のためだった。「夕紀を甲子園に連れていく」という成果のために、みなみはマネジメントを駆使して野球部が甲子園に出るためには何が正しいかだけを考えて行動した。
部員たちはみなみが野球が嫌いで憎んでいたということも、野球部のためというよりも夕紀のためにマネジャーをやっていたことも知っていた。それでも部員たちがついてきてくれたのは、みなみの人柄ではなく、「甲子園に行く」という目標に対して真摯だったからではないだろうか。




また、ドラッカーのマネジメントが面白いのは、人に弱みがあることを前提としたものであるという点だ。「組織の目的は人の強みを生産に結び付け、人の弱みを中和することにある」とある。

成果とは打率である。失敗しない者を評価してはならない。成果とは百発百中のものではない。百発百中は曲芸である。成果とは長期のものである。すなわち、まちがいや失敗をしない者を信用してはならないということである。それは無難なこと、くだらないことにしか手をつけないものである。弱みがないことを評価してはならない。そのようなことでは意欲を失わせ、士気を損なう。人は、優れているほど多くのまちがいをおかす。優れているほど新しいことを試みる。
(本文より引用)

部員たちをはじめ、監督の加地も同じマネジャーである文乃もみんなどこか弱点を抱えている。だが、ひたすら弱みを克服しようとするのではなく、強みに注力し、適材適所に置くことで組織としての成果を最大化させることに繋がっていく。
野球はとりわけ失敗が際立つスポーツである。もっとも分かりやすい失敗は投手の四球であり、野手のエラーである。本書ではどちらの失敗についても取り上げられており、失敗に対する捉え方についても考えさせられた。