イップスの思い出

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先日、母校でOB野球大会が行われたので、参加させてもらった。寒空の下、およそ50人ほど集まっただろうか。懐かしい顔もあった。

高校時代は硬式野球部に所属していた。引退してもう10年以上の歳月が経つ。当時の顧問も変わり、ユニフォームのデザインも変わった。それでもグラウンドに立ってみると、練習にあけくれた日々を思い出す。僕がまだ現役の頃は、このようなOB戦が開催されることは考えにくいことだった。現在の顧問の出身が母校だからということもあるのだろう。体育会系の部活にありがちな殺伐とした雰囲気はあまりなく、若い子たちはのびのびと野球をしているように感じた。

記事の題名である「イップスの思い出」だけれど、僕はこの高校野球時代にイップスになってしまったことがある。イップスというのは精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、自分の思い通りのプレーができなくなる運動障害のことで、野球では投手や内野手に生じやすく、野球に限らず、ゴルフのパッティングなどでもよく見られる症状だという。

僕の場合は、朝練習時のフリーバッティングの打撃投手をするときにこの症状が現れた。当時、打撃投手は1年生が勤め、上級生が主に打撃練習をするというものだった。
かつて甲子園を席巻したPL学園では、「3年神様、2年平民、1年奴隷」と言われているほど、上下関係が厳しいものであったようだけれど、甲子園なんて夢のまた夢の弱小公立高校でもそれに近い序列はあった。入学したばかりの1年生にとって3年生とはそれほど怖ろしい存在で、打ちやすいところに投げれなかったらどうしよう。そんなことで頭がいっぱいだった。思うところにボールが投げられない。焦りと緊張でボールを握る手に汗が止まらない。だけど投げないといけない。奴隷の投げるボールが神様に直撃した瞬間だった。それ以来打撃投手をすると、投げるボール全てが打者の立っているの方向にすっぽ抜けるようになった。自分でも不思議で仕方がなかった。キャッチボールや守備練習での送球時には狙ったところにボールが投げられるのに、打者が立つとまるっきり投げられなくなってしまったのだから。見かねた同級生が代わって投げてくれたこともしばしばだった。

プロの選手でもこの症状になってしまう人が少なくないという。最近では、高校時代に春夏連覇の快挙を成し遂げた島袋洋奨投手がイップスによる制球難に苦しんでいたり、ヤクルトの森岡良介内野手はキャッチボールすらままならなくなり引退を決断したということがあった。今年のドラフトの目玉となった田中正義投手もイップスの傾向が見られると囁かれているという。一度イップスになってしまうと、克服するのは非常に難しいと言われているので複雑な気持ちになる。


当時はイップスなんていう言葉は知らなかったけれど、今振り返ってみると、あれは間違いなくイップスだったよな、なんて思っている。
日頃の運動不足が祟って、走る、投げる、捕る、打つ、全てが体に響く。
背中に死球くらったり(幸い試合は軟式球で行われた)、クロスプレーで膝をえぐられたりして、少々痛い思いもしたけど、久々に野球ができて楽しかった。来年は怪我に気をつけていこう。